中村うさぎに捧げる、女という病の心理カウンセリング
   なぜ整形か
心理カウンセラーが解き明かす、中村うさぎの心の迷宮 なぜデリヘル

   <第五話>"ナルシズムは心の病気なんで"  (2006年4月号):文、大木心理カウンセラー
   
    中村うさぎ プチ整形 バックナンバーはこちらから ・・>         <第一話>"ウンコタレvsアホタレ"
                                      <第二話>"奮闘するオヤジうさぎだが・・”

                                      <第三話>"ライブドア事件より心の闇だ!・・”
                               <第四話>"孤高のナルシズムから過剰のナルシズムへ!”

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  『中村うさぎに捧げる、女という病の心理カウンセリング』
   <第五話>”ナルシズムは心の病気なんで”.......
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<登場人名・キーワード:中村うさぎ、プチ整形、買い物依存症、ホストクラブ、勝ち組、物忘れ、若年性健忘症、女王様、強迫観念>敬称略
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 前回のおわりに、「この顔がアカンのや!」と考えて

プチ整形に走った中村うさぎがいると書いた。

その整形もそうだが、うさぎさんの欲望そのものに

依存症の源泉がうかがえるわけなのだが・・。

 
 その中村うさぎがついに、買い物依存症から脱却したということが

「穴があったら、落っこちたい!」(H15年11月初版)のあとがきにも書かれている。

 『この文庫は、私がホストに入れ揚げて角川書店に大借金をした際、

交換条件として執筆の約束をしたものである。』・・なんてね。

 もう一つの証言もある。

「うさぎの行きあたりばったり人生」の文庫化に際して

書き下ろした一文のあらましはこのようだ。

 2002年の10月初旬、例によって金200万円ナリのカード引き落とし期日前日の話だ。・・

なんとその請求書の内訳に大きな変化が起きているというのだ。

そこにはすでにシャネルやグッチの名前は無く、

代わりに「トップダンディ」が躍り出てきたという。・・


お察しのように、『私はついに「買物依存症」から自力で脱却し、

代わりに「ホストクラブ依存症」になってしまったのでした。ホホホホホーッ』・・



 中村うさぎはこれを「依存症渡り歩き現象」と言い、

知識として知ってはいたが自分にとっては、はなはだ興味深い現象だとおっしゃっている。

『そーか、やっぱり私が欲しいモノは「ブランド物」なんかじゃなかったんだな、とか。』

『結局、私の欲しいモノって何だったんだろう、とか。』

『そう、これが私の「宿題」なのだ。』・・・


 そしてついでに、当面の「ホストクラブ依存症」について、

中村うさぎはこんなふうに解釈をしてみる。いつものように、だ。・・・

『そうなの。「ホストクラブ遊び」は、私にとっての「代理戦争」なの。

「人生の勝ち組」とか人は簡単に言うけど、

おそらく人生における「勝者」とか「敗者」って、そんなに単純なものじゃないよね。

だけど私は、「勝者」になりたかった。くだらない競争だってわかっちゃいるけど、

「勝者の気分」を味わいたかったのよ。』・・ってね。



 
うさぎさんも言っているように、

依存症」には色んなバリエーションが現実に表されるものですね。

どれもこれも常同症として長期間ひきづって行動されます。


 それは傍から観ていると、「滑稽(こっけい)」な行動にすら思われるわけです。

どう見ても、当事者の社会的な尊厳や価値を損なうことにしか思えない、

不都合な行動に陥っていることに自覚はあっても、

歯止めを持ち合わせないことが、唯一の共通点だ。



 この不都合・支障はあきらかに社会性を逸脱していて、

病理と見做さなければならない。


だがしかし、当の本人を含めて一般的に人は、

このような「依存症という心の病」なるものに、どこかで不可解に思っていて

首をかしげているというのが正直なところではないだろうか。


言い換えれば、「精神の病としては、大したことはないだろう」と

高をくくっているように思えるのだが、読者諸兄はどうでっしゃろか?・・


もし、「そんなことはない、結構深刻だ」とおっしゃるならば、

あなたの方が「依存症」という病を本質的なところで感じられているかなとおもいます。


 

ことのついでに、

中村うさぎの「次のコーナーあるいはステージ」に少しだけ進んでみましょうか。

『ブランド物に5年以上もハマッてたことを考えると、今度のホストは短かった。・・(中略)・・

要するに、飽きたんですね。』

『ババアといえば、近頃の私の「物忘れ」にも、ちょいと瞠目すべきものがある。

自分の言った事やった事を次から次に、はらはらと忘れていってしまい、

もはや老人ボケなのかと危機感すら覚える今日この頃だ。』
(「ダメな女と呼んでくれ」文庫版あとがき)


うーーんっ。(注:ウンコではないよ。)
「ホスト依存症」もめでたく御卒業のようで、これは良かった。

のですが、後の独白がずい分と気に懸かりますね。


半分は勢いで笑い飛ばそうとしていますが、

当のうさぎさんよりも、わたしの方が結構真剣に受け止めてしまいます。・・・


やっぱり、これって、アレじゃないのかなあ。

う、う、ウェルニッケ失語ってヤツの進行形のように思えちゃうんだけどな。

まっ、一般的には若年性健忘症とか、コルサコフ健忘症なんて、

人に言われたくない名前がありますが、

著述を通してうさぎさんの性格をうかがっていく限りでも、

いささか本気で心配させられるお話ですが。・・・


そのことも含めて、それではここからは中村うさぎの性格を探ることで、

何がしかの重要なキーワードを発見できればということから、

彼女の生育暦をわかる範囲でたずねてみようとおもいます。
性格形成プロファイリング


中村うさぎが生育暦を連ねた文章は、

例のホストに貢いだ借金のカタに執筆したという

「穴があったら、落っこちたい!」の中に

『うさぎの「はじめて」物語』と題して書かれているし、


他には「うさぎの行きあたりばったり人生」にも、かなりまとまって載っている。

ということで、両方まとめてソロっと拝見していきましょうかね。


それでは時代をさかのぼること40数年前の昭和33年(1958年)2月早朝からスタートだ。

中村うさぎ、福岡県北九州市に生まれる。


突然ですが話は4歳の頃、

『「お絵かき教室」で「素晴らしくメタクソな絵」を描く。』からです・・

(ただ、4歳の時の絵を取っておくのがどーよ!)

・・・たしかに、お子さまらしい絵ですねー。(みなさんもぜひご覧になれば)

『お母さんの頭の右半分がツルッパゲ、左半分はモヒカン刈りのパンクな絵』から

何か言えるとしたら、コレ一枚でルリア無視症とか言わないですが、

対象の形象を認知することが苦手であろうということか。

でもこのことは結構注意深くチェックしておいてよい点といえますので。

幼児の認知能力は当然、母親の影響に左右されて学習されるものだからです。

そしてこの認知する能力は人間が言葉を獲得していくうえで大変重要なものなのです。

「メタクソな絵」で笑って済ませられればいいのですがね。・・・


.



それから、「幼稚園で掟破りの自己顕示欲を発揮する、の巻」では、


『あたしは、皆と一緒のスモックなんか着たくないの!

お姫様のドレス着れないんなら、かわいいブラウスとスカートで舞台に出るもん!』!!・・

中村うさぎも自分で言っているように、

私は幼稚園の頃から変わってないんだな、本質的に』・・・

ただし、うさぎさんはどこまで本気で言っているのかどうかだが。・・・


この事件(?)も子どもの茶目っ気で済まさないのがカウンセラーというものデッセ。

というのも、中村うさぎの指摘は間違っていないからだ。


つまり、「人より目立ちたい、称賛されたい、高く評価してもらいたい」という欲望と、

それを実現させるためには、

平気でルールを破るという「ものの考え方」「姿勢」こそが

今に到るまでの中村うさぎの変らぬ性格といえるものだからだ。

『こんな思いは誰にもある』として黙認しがちなのですが、

それはイケナイのである。やはり。


なぜなら、このうさぎさんの「ものの考え方」「姿勢」が

結果的に彼女を現在まで苦しめている依存症に至らしめる根源といえるものだからだ。


もちろん誰もが、「評価されたい」「称賛される自分でありたい」

と願う気持ちは自然なことです。

しかしその願望を実現するには、少なからず忍耐と努力が欠かせません。

そこには地に足を着けた自己トレーニングの時間が費やされてこそ、

はじめて現実のものになり得るわけですからね。



過剰なナルシスト・自己愛の人」にはその点がどうも欠落していて、

いつでも、無媒介に

「人から誉められたい、うらやまれたい」という欲望がつよく保存されています。

その過剰な逸脱ゆえにそれを、願望ではなく欲望と呼ぶ。


家でも外でも、

そんな自分本位の自我の欲求が大前提にあると、

家族にもたれかかり、仕事でもたれかかって

「誉め言葉を期待する」「幼い気持ちのままの女王様」から

いつまでも脱皮できないでいるしかないのである。





 だけど世の中、「女王様」では生き難いわけだし。・・・

自分の都合のいいようには人は誉め言葉を与えてくれないし。・・・

甘えさせてもくれないときに、

女王様は、「自分はダメな人間なんだー!」と言って、泣くわけだ。


 あるいはまた、わずかな、ささいなことでも、「バカにされた」と思う意識がつよくて、

関係を避けようとするし、を言ったりして、自分で強迫観念をつくります。


これはまた、絶え間なく評価・称賛されていたいという欲望を抑えがたいゆえに、

ミュンヒハウゼン症候群とも観られて、

依存症の常同行為となって固着します。


だからこそ、「くだらないとわかっていても

「またヤッてしまう」ことになるわけです。


ですから、「そんなことは誰でも持っている思い」だと、

自己流に考えて(じつは致命的な取り違え)そのまま見過ごすと、

こんな具合に自分でも知らないうちに、「心の病」になって現われてくるわけです。


でもまあ、こんな事を指摘していると、

「それじゃあ、おまえはガキの頃からずーっと良い子でやって来たのかい?」って

ツッコマレそうですが、

もちろん、わたしも「みんなと同様にアレコレ葛藤しながら

なんとかやって来たあげく、

どうも未だに自分に甘い、セコい性格をもって来ている」

とおもう今日この頃ですがね。(きっこの日記調かい!)


カウンセラーと言えど、自分のことはなかなか気が付かないものです。

きっと、うさぎさんと話す機会があれば、

「バカタレ」ツッコミを連発されるとおもいます。


ただ、わたしが師匠からおしえられたことは、

常に相手の問題を通してはじめて自覚できる、学ばせられることがあるということです。

さらに言えば、「うまく行かない」問題について、留意すべき点は、

「どんなときでも相手側に非を求めないこと。

どんなときでも相手から学ぶこと。」でしょうか。・・


今回はここに紙面が尽きましたので、この辺にしておきましょう。

次回は、この続編をお送りいたしますのでお楽しみに!

さて、次回の中村うさぎさんはいかがなりますやら・・・

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今回も、最後までお読みくださってありがとうございました。


(文: 大木心理カウンセラー )・・・ご感想など送っていただけたら有り難いです。

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  ☆付録2006年2月号<第三話>"ライブドア事件より心の闇だ!”
  ☆付録2006年3月号<第四話>"孤高のナルシズムから過剰のナルシズムへ!”



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