『中村うさぎに捧げる、女という病の心理カウンセリング』
<第四話>”孤高のナルシズムから過剰のナルシズムへ!”
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<登場人物・キーワード名・・中村うさぎ、アダルトチルドレン、精神クリニック、癒し、神足祐司、林真理子、ブランド品>敬称略
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☆コテコテの買い物依存症を自認する中村うさぎがとうとう、
自宅から歩いて5分のところにある有名な精神クリニックに助けを求めた時のことが、
「うさぎの行き当たりばったり人生」に掲載されている。
それによれば、
『 「グループセラピー」、さまざまな依存症の人々が集まり、
自分のコトを語るというモノだ。・・
世の中には見ず知らずの他人にも自分の話を聞いてもらいたいって人がいるようで、
「グループセラピー」はまさにそんな人々の独壇場なのであった。・・(中略)
んもう、皆さん、語る、語る。そしてまた、聞いてる人々が泣く、泣く。・・(中略)
私はたちまち、辟易としてしまいましたよ。
「これって、私に向いてない・・」という思いが日に日に強まって、
結局は通院を中止するコトとなった。・・(中略)
悪いけど、ハッキリ言って、ウザい集団だ。
彼らは自分の苦悩が「アダルトチルドレン」というレッテルを貼ってもらうや、
俄然、張り切って「私の物語」を語り始める。
それは被害者意識と自己陶酔と奇妙な優越感(私がこんなに傷ついているのは
私の感受性が繊細だからなの、ってな感じ)に裏打ちされた、
とてつもなくナルシスティックな物語であり・・・』
・・イヤまあ、グループセラピーによっぽどコリゴリしたようですなあ、うさぎさん。・・
中村うさぎの話の内容どおりだとすれば、
精神クリニックのグループセラピーなるものから、
じつは古めかしい臨床心理学の臭いがただよってきます。
いったいどんな成果が意図されているのか心配になりますね。
どうもなんとも、心もとないかぎりで、
クライアントの精神の自立などは望むべくもないかとおもわれます。
中村うさぎさんは続けてこのように語っています。
『ACという言葉が広く人心を捉えたのも、やはり時代のせいであろう。
「癒されたい願望」の人々で充満している。そんなに生きるのが辛いのか?
だとしたら、現代の病巣は、そこにあるのではなかろうか。・・
何かもっと根源的な、疲労感であり虚しさなんだ。
生きるコト自体に何の達成感もないから、生きるコトに疲れちゃうんだよ。・・
「癒し」や「刺激」を求めるようになる。・・
砂漠の中で「生きる実感」を失ってしまった者が、
かりそめの「刺激」を求めて駆り立てられるような嗜癖に走り、依存症となる。・・・』・・・
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